管理人日記。
ヒの字 / DREAMS COME TRUE
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守るものがないというのは気楽で 且つ 不幸だと思った
ような気がする
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今日はハクナ日記書こうと思います。
いや、うん、決まってないことは書きながら決めることにしましt
俺は物書きさんのような計画性を持って文章が書けたためしがない(はっはっは
ハクナ日記。
紺色の空が世界中を包んでいるように見えた。
ハクナは椅子に座り、膝に手帳を置き、右手には羽ペンまで持っていたが、目線は空に吸い込まれたまま動かなかった。
弟と再会できたことを手記に書き記そうとしたが、どうにも言葉が進まなかった。
それよりも彼には気になっていることがあった。
「夕食を少し分けてもらえましたよ。」
キースが両手にパンとバターを持って入室してきた。反射的にそちらの方を向いて、はたと気付く。
「あれ、アクターは?」
キースが喉の奥で笑いながら答えた。
「やだなぁハクナさん。ここをどこだと思ってるんですか。」
言われて思い出し、瞬時に顔に赤みが増した。ワーノック公爵と共に来た兵士達が宿屋という宿屋を占拠してしまっているため、彼らは娼館の一室をやっとの思いで確保したのだった。
アクターは、一室を借りておいて女を買わないのでは角が立つと都合の良い理由を並べ立てて出て行ったようだ。
「ハクナさんも独身でしょう、行って来れば良いのに。」
「いやぁ、俺はそんな気分にはなれませんよ。」
ハクナは持ってこられたパンを見てから、もう一度空を見上げ、開け放たれた窓へ身を乗り出し指笛を吹いた。その様子を黙って見ていたキースも、ハクナの手にパンを置きながら窓の外を見上げた。
「ユフーラ君は、まだ戻りませんか…。」
「ええ…。こんなに長時間あいつと離れたことないので、心配です。それに…」
ハクナは手渡されたパンに目を落として続けた。
「何故かあいつは俺の手から渡さないと餌を食わないんですよ。今頃腹をすかしているんじゃないかな…。」
「しかし、まずはあなたが食べないといけませんね。」
やんわりと忠告され、仕方なくハクナはパンを口に運ぶ。鉛のように重い物が喉を通っていった。
アクターが部屋に戻ったのは朝焼けに空が染まる頃だった。
ベッドにはキースの姿しかなく、兄の姿は消えていた。
「キース、起きろ。ハクナは?」
布団の中から微かに唸るような声が聞こえた後、なんとか聞き取れる音量でキースはつぶやいた。
「ハクナさんなら私が眠るのを待って、一人でペットを探しにいきましたよ…」
「なんで引き止めなかった、兄さんは命を狙われているのに。」
「ああいう人は止めても無駄なんです……。それよりアクターさん、香水の匂いが凄いですよ。随分気に入られましたみたいですね…。」
娼婦の中には、客を気に入ると悪戯で勝手に自分の香水を付けてしまう者が居る。
ああ…と呟いてから、アクターは部屋の外のバケツの方へ歩いていった。娼婦の誰かがキース達のために汲んできた水である。
――――
紺色に染まった空の下、盗人のように屋根から屋根へと渡る人影があった。
ワーノック公爵の訪問中に起こった爆発騒ぎのおかげで、なかなか家に戻らぬ人間が居るには居たが、皆屋根の上など見向きもしなかった。
屋根から屋根に急ぐ男は、用心の為その青い髪を、以前コリアスティーン入国時に渡された「立派過ぎるマント」で隠していた。
男は領主の館まで着くとその足を止め、半壊した建物を静かに見下ろした。
あちこちで火が焚かれ、使用人や兵士が入り混じって怪我人を運び出したり、修復作業に追われていた。ハクナはマントを深くかぶり、館の敷地内へ降りていった。
敷地内に入ると、人々の慌しさを一層感じ取れた。皆身分関係なく一つの作業に没頭している。
ハクナはその中をゆっくりと進み、ユフーラを探した。
歩いている間に、館の損壊の状況が大体把握できた。どうやら一階の宴の行われていた広間の真ん中で爆発があり、主要な柱を破壊されてしまったため、二階がそのまま降ってきたようだ。
ただしその被害は館の南側のみで、ハクナが隠れていた中庭より後ろの部屋は被害を免れていた。ハクナはまず、無事に残った部屋の方を目指した。
遠くに人々の忙しく働く声が聞こえてはいるが、屋敷の北側へ回ってしまうと人の気配は感じられなかった。自分の足音が、石造りの床によく響いた。
やがてハクナは月の光を浴びて青白く光る廊下へ出た。一部屋ずつドアを開けて調べるも、探している相棒は見つからない。
探しているうちに、ハクナの青い髪は周りから見えるようになってしまっていたが、ハクナは気がつかなかった。
廊下を歩き終わろうというときに、背後にある、調べたはずの部屋から人の気配がした。
瞬時に剣を抜いて振り向くと、そこには黒っぽい髪の男と、銀髪の少年が居た。
「ユフーラ…!」
思わず駆け寄ろうとしたハクナを、長身の男が剣で制した。ユフーラの首には金の装飾が美しい剣が当てられていた。
「誰だお前は…」
用心深くハクナが聞くと、恐ろしく低い声が返ってきた。
「誰だ?それは私が聞きたいね、グレン=ワーノック。」
名を呼ばれた瞬間、背筋に冷たいものが伝うのを感じて初めて、自分がその男を恐れているのに気が付いた。